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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1558号 判決 1950年2月08日

被告人

森本弘

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人山内甲子男の控訴趣意第一点について。

如何なる事実が訴因であるかは訴状に訴因として記載されているところによつてこれを決すべくこれを離れて濫りに論議することは許されない。而して本件の訴因によれば被告人が株式会社第百五銀行名古屋支店において本件小切手自体を着服橫領したというにあること明かであつて論旨のように本件小切手を金員に換えてこれを費消したと解し得るとするのは本件訴因の記載を離れて憶惻するに過ぎない更に原審認定の事実によれば被告人は本件小切手を愛知縣廳失業保險課え持参すべく名古屋市中区栄町電停にて電車を待合す中右小切手を金員に換えてこれを自己の用途に費消しようと考え第百五銀行名古屋支店え赴かんとした行動において右小切手自体の着服橫領を認めた点に何等差異がなく唯その時間的に幾分の隔があることとその場所が同じく名古屋市中区の然も近距離の栄町電停附近と第百五銀行名古屋支店との差異が見られる丈であつてかかる犯罪事実自体に差異がなく然もそれを別個の事実と認めしむるに足らないような犯罪の日時、場所の差異の如きは未だ訴因の同一性を喪失せしむるものにあらずと認むべく又当事者としてもその攻撃防禦の方法を変更する必要はないのである從つて原審が特に訴因の釈明を求めず又訴因変更の手続を履践せざりしことを目して違法ありというのは失当であつてこの点の論旨は採用の限りでない。

(弁護人山内甲子男の控訴趣意第一点)

原判決は事実誤認又は理由不備の点があり破棄を免れない。

即ち起訴状記載の公訴事実によれば云々「小切手一通を托され保管中同日擅に自己の用途に爲す目的を以て右支店にて着服し橫領したものである」と言つて居るがこれは一体本件を「小切手其のもの」(小切手と言ふ紙)の橫領と言ふ意味か又は「小切手を以つて勝手に金員の支拂を受けて其の金員を自己の用途に使用した」と言ふ橫領なのか其の意味が不明である、從て原審に於ては当然此の点に就いての釈明を求めて、その何れなりやを明にした上で判断せねばならぬと思ふがこれがしてない、何故なれば小切手そのものを橫領しても発行者とか所持人が早く氣付いて銀行に通知して支拂の差止めを求めれば銀行も之れに應じて必ず支拂を差止めることになつて居り所持人が被害者である場合には所持人が保証書を差入れ更に発行者から再発行を受けることも一般の慣行であり勿論その場合には直ちに銀行照会なり交換所に通知して其の小切手の無効を公告周知せしめるものである、銀行は預金としては受入れても交換済までは拂出しをせぬ。從つて小切手其のものの橫領と、之を以て勝手に金員を引出して其の金員を自己の用途に費消したこととの間には大きな相違があるが起訴状の記載では其の前者の樣にも見えるが原審に於ける檢察官の主張及立証は後者の樣に見受けられる点がある之を指摘すれば犯行の場所を「右支店にて着服し」とある文言、並に立証として第百五銀行預金係小川雅也の上申書及被告遊興関係の上申書始末書及供述書を立証として提出していることよりしても推測出來るところが原審判決によれば云々「自己に於て保管中同日午前十一生頃名古屋市中区栄町電停附近に於いて右小切手を現金に代へた上之を遊興費等自己の用途に費消しやうと考へ即時同所に於いて右小切手一通を擅に着服し」之を橫領したと判示してゐるが、之は明に一面に於いては公訴事実を曲解したものであると共に他面起訴事実の同一性に反する判決であり公訴事実の特定を無視した判決である、何となれば起訴事実は銀行が犯行の場所であり且つ支拂を受けたこと迄でが犯行として問擬せられているのに、判決によれば小切手其のものを着服したこと並に犯行の場所が栄町電停附近としているのであるから其の問には大変な相違があり原審は勝手に公訴事実の同一性を破つて判決してゐると言へる(記録によつて見ても公訴事実の訂正変更はない)

然かも原判決は小切手其のものを着服橫領した樣に見えるが其の挙証の証拠を見ると第百五銀行名古屋支店小川雅也預金係の上申書を採用してゐる処を見ると其の小切手を用ゐて金品の支拂を受けたことまでが犯行と看做されているかの樣に見えるところよりしても原審は小切手其のものの橫領と小切手を以て金員を引出して勝手に費消することとを混同してゐる証拠である(此の区別は犯情に大変影響があると思ふ)

以上の次第であるから原判決は公訴事実の同一性を無視した判決であり且事実誤認又は理由不備の違法があると信ずる。

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